大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所宮崎支部 平成11年(行コ)2号 判決

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴人は、「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、主文同旨の判決を求めた。(なお、原判決事実及び理由「第一 申立」中の文言の言換え部分をすべて引用する。)

第二  本件事案の概要、争点及び当事者の主張は、当審での主張を次のとおり付加するほか、原判決事実及び理由「第二 事案の概要等と争点」、「第三 争点についての当事者の主張」(但し、本件(二)文書関係部分を除く。)記載のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決6頁12行目の「原告」を「被控訴人ら」に、18頁7行目の「情報であって」を「情報であって」にそれぞれ改める。)。

一  控訴人の主張

1  本条例における公文書開示請求権の性質と本条例の解釈態度について

原判決は、本条例によって定められた公文書開示請求権を、憲法以下の具体的な保障のない「知る権利」を具体化したものとし、その「知る権利」を請求権的にとらえ、憲法21条が保障する「表現の自由」の制限・制約と同程度の厳格な基準を採用した点で最高裁判例に背いているばかりか、右公文書開示請求権を、憲法92条の地方自治の本旨を根拠に「民主主義・国民主権の原理」に由来し、「住民自治」に基づく参政権的なものとして捉えているもので、右解釈は、法文解釈の一般原則に従った合理的、客観的解釈を超えている。

2  8条2号該当性について

(一) 原判決は、本条例がプライバシー概念の未成熟から生じる諸問題を回避するためにプライバシー情報型でなく個人識別型を採用した立法趣旨を無視し、プライバシーの意義について判断をせず、控訴人監査委員事務局職員、同職員以外の相手方公務員及び民間人の個人の正当な利益の侵害を考慮しなかったもので誤りである。

(二) 手引の記載、国の情報公開法5条1項が公務員の公務遂行情報を例外的に開示の対象としていること等からして、公務員の公務遂行情報も個人情報に該当し、原則非開示とされるべきであるから、本件において、懇談会の出席者である右事務局職員及び相手方である右職員以外の公務員が識別されうる部分も、非開示とされるべきである。

(三) 懇談等の相手方の出席者が識別されうる部分については、本条例の当時の運用の実態として、出席者において出席が公表されることを予定していたとはいえず、ましてや民間人に本条例の規定により、それが公表されることがあり得ることを自覚しておくべきであったとして、開示すべきであるというのは当らない。

(四) 個人情報が開示された場合発生する個人攻撃等の病理現象を公務員個人が克服することを期待すべきではない。

3  8条3号該当性について

債権者の住所氏名等が記載されている部分及び債権者が識別できる部分について、原判決は、当該文書に記載されている情報は、飲食店、料理や飲物等の売上げ単価、数量奉仕料、合計金額等の当該飲食店を利用する顧客を初めとする公衆に広く開示されている情報に過ぎないので、8条3号に該当しないとするが、そのうち、販売数量、売上げ合計金額等の情報は一種の販売統計や財務状況に関する情報であり、広く開示されているものではなく、また、これらの情報は結合し、かつ長期間の情報集積がされることにより事業者の営業上の有形・無形の秘密、ノウハウ等の情報になりえること、右情報の外部流出によって同業者との対抗関係にどのような影響を及ぼすかは計り知れないこと、債権者は鹿児島県(監査委員)と取引関係に入るに当ってそのような情報が開示されると認識していないことからして、それらの情報は、8条3号に該当する。

4  8条8号該当性について

(一) 原判決は、開示の対象とされている情報が食糧費に関するものであるから、交際費と異なり、行政事務、事業の執行上直接的に使用されることに鑑みて、出席者にとって当然に非公式、非公開とされる必要のあるものとは認め難く、原則的には8条8号に該当しないとした上で、懇談等の目的とする事務、事業の性質・内容、懇談等の開催目的や出席者の属性などに照らし、非公開とする合理的必要性があり、相手方等出席者も、そのように理解してこれに出席した場合には相手方の同意なしに所属・氏名等が開示されると、以後素直な意見交換が控えられる等の事情がある場合には、例外的に8条8号に該当すべき特段の事情に当るが、本件では、この特段の事情についての具体的な主張・立証がないとして、結局、8条8号該当性を否定するが、懇談等の相手方には交際費による会食か、食糧費による会食かは伝えられていなかったこと、当時鹿児島県は、懇談を当然に非公式、非公開な懇談とそうでない懇談等に分類しておらず、公開を前提に出席を要請していなかったことからして、現時点において、遡って過去の出席の事実を開示することによって、相手方に不信感、不快感を抱かせることは社会通念上当然推認しうるので、原判決が説示する特段の事情に該当する。

(二) また、そもそも、右特段の事情の立証責任を控訴人に負わせるのは誤りであって、本件対象公文書を開示することによる行政運営上の支障について、控訴人がこれまで主張した以上に個別具体的に主張・立証することは、個々の懇談等の目的と当該懇談等の出席者が掌握する業務との関連性まで明らかにすることとなり、結局、当該行政運営情報そのものを開示するに等しく、8条8号の規定の存在意義を失わせる。

5  最高裁判決について

情報公開条例に基づく公文書開示の範囲を争う訴訟に関する最高裁判決としては、大阪府知事交際費情報公開訴訟(以下「大阪府交際費訴訟」という。)、栃木県知事交際費情報公開訴訟(以下「栃木県交際費訴訟」という。)、大阪府水道部懇談会議費情報公開訴訟(以下「大阪府水道部訴訟」という。)があるが、食糧費の支出が争点となっている大阪府水道部訴訟では個人情報該当性は争点とされず、対象となった文書は懇談の相手方の氏名が含まれていないものがほとんどであり、また、大阪府条例は個人情報についてプライバシー保護型を採用していることからすると、本件訴訟に有用な判断基準を示すのは、個人情報について個人識別型を採用する条例に関する栃木県交際費訴訟であるから、以下、その判断基準を本件に当てはめて検討する。

(一) 個人に関する情報について

栃木県交際費訴訟の最高裁判決は、相手方が個人である場合は当然に非開示とするものであるから、これを本件に適用すると、相手方の出席者名及び出席者を識別しうる部分については非開示とすべきことになる。また、原審である東京高裁判決が、本号の解釈上、公務員を別異に扱うことができないとしているから、最高裁も、控訴人監査委員事務局職員及び同職員以外の公務員の出席者に関しても個人を識別しうる情報は当然に非開示とする趣旨であると容易に推測できる。

(二) 行政運営情報該当性について

栃木県条例では、行政運営情報について、行政上の事務を「著しく困難にするおそれ」がある場合に非開示とする旨定められているが、それに関し、栃木県交際費訴訟の第一審判決は、「利益侵害の危険が具体的に存在し、それが客観的に明白であることまでは要件としてはいない。」とし、控訴審判決及び上告審判決はその判断を容認していること、差戻控訴審で、通常の儀礼的交際であり、かつ、相手方が識別され得るものであることを主張立証すれば、非開示事由がないとされる特別事情が存在しないことも同時に推認されるとしていることからすると、行政運営情報について、行政上の支障等の「おそれ」があることで非開示とするに足りるとしている本条例では、食糧費に関する情報については「交渉、渉外」に該当するならば、右「おそれ」は推認でき、栃木県条例以上に、被控訴人ら側に、例外的に開示可能である事情を主張・立証する責任がある。

二  被控訴人らの主張

原判決の判断は相当であり、本件控訴は理由がない。

第三  判断

当裁判所も、本件(一)、(三)文書の開示を認めるのが相当と判断するが、その理由は、次のとおり、付加、訂正するほか、原判決事実及び理由「第四 認定事実上「第五 当裁判所の判断」(但し、本件(二)文書関係部分を除く。)の記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決22頁1行目の「甲一ないし一五、乙一ないし五、七」を「甲一ないし七、乙一、二、五」に改める。

二  原判決25頁4行目の次に改行して次を加える。

「(三)なお、本件において問題となっている情報は、食糧費による支出のうち、懇談等に関わる情報であることは、弁論の全趣旨から明らかであるから、以下において、食糧費というのはこの点のものを指すものとする。」

三  原判決27頁2行目冒頭から29頁9行目末尾までを次に改める。

「一 公文書開示請求の有する機能と本条例の解釈態度

1  知る権利は、憲法21条が保障する表現の自由の派生原理と解されており、そのうち、特に、知る権利として保障されているかが問題となる政府等の保有する行政情報に関する公文書開示請求権は、民主主義・国民主権の原理を実質的に担保するものである。特に、地方公共団体においては、憲法上、首長等の直接選挙が保障され(93条2項)、また、92条を受けて、地方自治法により、地方自治の本旨に基づく諸制度が整備され、これに基づき、住民は、首長・議員を選定・罷免し、あるいは、条例制定などの直接請求を行い、県の財務会計行為の監査を求め、非違行為の是正を請求する権利を有するが、これら直接民主制に近い統治機構を与えられている住民による権限行使を実効あらしめ、住民自治の原理を実質的に保障するためには、その資料となる行政機関保有の情報が住民に開示されることが望ましい。

しかし、「知る権利」といっても、その内容等は憲法上一義的に定まっていないから、具体的意義を明確に定めた立法等がない限り、その内包、外延は不明確な抽象的権利であって、裁判規範とはなりえず、特に、政府・行政機関に対する公文書開示請求権が権利として認められるか及び認められるとしてその範囲はどの範囲か明らかとはいえない。そうすると、国民に公的な情報に対する開示請求権を付与するのかどうか、どのような要件の下で付与するかは、立法政策の問題であり、地方公共団体にあっては、具体的な情報開示請求権の内容、範囲等は、条例の定めるところによることとなる。したがって、本条例を解釈するには、上位規範である憲法の規定ないし憲法上の原則等から一義的に結論を導き出すのではなく、本条例の各文言自体並びに各文言から推認される立法者意思等を考慮して、客観的、合理的に解釈すべきである。なお、その解釈にあたっては、文言を形式的に解釈するのではなく、本条例自体が規定する趣旨、目的や本条例施行にあたって作成された手引の記載等を十分考慮した上、本条例全体が定める情報公開制度の全体構造に則した合理的な解釈をすべきことは、当然のことである。

2  ところで、県は、昭和63年3月28日、本条例を制定したが、前記のとおり、1条で、本条例の目的を「県民の公文書等の開示を求める権利を明らかにするとともに、県が実施する情報公開施策の推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、もって県民参加による公正で開かれた県政を一層推進すること」と規定して実施機関が保有する公文書等の開示を求める県民の権利を設定することを明確にうたい、3条で、本条例の解釈及び運用について「実施機関は、県民の公文書等の開示を求める権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、及び運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人に関する情報がみだりに公にされることのないように最大限の配慮をしなければならない。」と規定し、情報公開制度の基本理念である原則公開の立場を明らかにし、5条で、公文書等の開示を請求することができるもの(以下「開示請求権者」という。)として「県の区域内に住所を有する個人及び法人」等を規定し、6条で、公文書等の開示の請求方法について規定し、7条で、実施機関は、開示請求書を受理したときは、その日から起算して15日以内に請求に係る公文書等を開示するかどうかの決定をし、その決定の内容を請求者に通知しなければならないなどの公文書等の開示請求に対する決定等の手続を規定し、8条及び9条で、実施機関は、開示請求に係る公文書等に8条各号のいずれかに該当する情報が記録されているときは、当該公文書等の全部又は一部の開示をしない決定ができる旨規定し、同決定に不服がある者は、行政不服審査法に基づく不服申立てができることを前提に、12条で、不服申立てがあった場合の手続について規定している。

このような本条例の規定、特に、1条で本条例の趣旨として、「県民参加による」「開かれた県政」の推進を目的に挙げ、住民自治の原則をうたっていること、「公正な県政」の推進をも目的としていること、原則公開の制度を採用していること等からすると、本条例は、住民自治の原則に則った県民参加による県政及びそれによる県政の公正化を共に推進するため、地方自治の場において、県民等に、実施機関の管理する公文書等の開示を求める権利(以下「公文書開示請求権」という。)を設定し、憲法上派生原理として認められた抽象的な権利である「知る権利」を具体化し、右目的に適った実効性のある公文書開示請求権とするため、例外的に8条各号で非開示とされる情報以外は、実施機関の保有する情報を原則公開としていると認められ、本条例の定めるところを全体的に解釈すると、まさに、前記1で述べた、政府等の行政機関に対する公文書開示請求権が住民自治を実質的に担保する機能を有することに着目して制定されたものといえる。したがって、8条各号の適用については、原則公開の観点から厳正に解釈されるべきであって、かつ、その解釈にあたっては、本条例自体が規定する趣旨、すなわち、住民自治の原則に則った、県民の県政に対する理解と信頼を深め、もって県民参加による公正で開かれた県政を一層推進するという目的を十分考慮しなければならない。右手引(乙二の11頁ないし12頁)が3条の解釈及び運用について「8条各号に規定する適用除外事項に該当するかどうかについては、原則公開の観点から厳正な判断をしなければならない」としているのもこのことを示唆する。」

四  原判決30頁1行目の次に改行して次を加える。

「三 8条各号該当性の主張・立証責任

本件文書に記録された情報が本条例の非開示条項に該当するか否かの点については、本件処分の適法性を基礎付ける事項であること、本条例の文言上も公開原則の例外に当るか否かの問題であること、実施機関側としては、本件文書の記載内容等を熟知していること、特に、8条8号の点は実施機関側の事情であること等からすると、控訴人に主張、立証責任があるというべきである(最高裁判所平成2年(行ツ)第149号同6年2月8日第三小法廷判決民集48巻2号255頁参照)。」

五  原判決30頁2行目の「三」を「四」に改める。

六  原判決32頁5行目の「情報は、」の次に「数量及び合計金額以外は、」を、6行目「すぎず、」の次に「それに数量及び合計金額が加わったとしても、」をそれぞれ加える。

七  原判決33頁7行目から8行目にかけての「主張するが、」を「主張する。確かに、個々の取引の具体的内容が集積されることによって事業者の営業実態がある程度明らかとなる可能性がないとはいえないが、本件で問題となっているのは、前記のとおり控訴人監査委員事務局が利用した範囲のみであるところ、そのような限定された範囲のものであっても営業実態が明らかになり、事業活動が害されるというのであれば、その点について、控訴人において具体的に、主張、立証する責任があるところ、本件ではそれはなく、また、」に改める。

八  原判決35頁13行目冒頭から46頁6行目末尾までを次に改める。

「五 本件(三)文書が8条2号(個人情報)に該当するかについて

1  手引は、

(一) 8条2号の趣旨を、「個人の尊厳及び基本的人権を尊重する立場から、個人のプライバシーは最大限保護する必要があること、また、個人のプライバシーの概念は法的に未成熟でもあり、その範囲も個人によって異なり、類型化することが困難であることから、個人に関する情報であって特定の個人が識別されうる情報については、原則として非開示とすること、他方、法令の定めるところにより何人でも閲覧できる情報、公にすることを目的としている情報及び許可、届出等に際し、作成又は取得した情報で開示することが公益上必要であると認められるものについては、開示することができることとした」とし、

(二)(1) 同号の本文の解釈として、「個人に関する情報」とは、「〈1〉思想、宗教等個人の内心に関する情報、〈2〉健康状況、病歴等個人の心身の状況に関する情報、〈3〉婚姻暦、家族状況、生活記録等個人の家庭等の状況に関する情報、〈4〉学歴、職歴等個人の経歴に関する情報、〈5〉団体活動記録、交際関係等個人の社会活動に関する情報、〈6〉所得、資産等個人の財産状況に関する情報その他一切の個人に関する情報をいう」とし、「特定の個人が識別され、又は識別されうるもの」とは、「当該情報から特定の個人が判別でき、又は判別できる可能性のある情報をいう」とし、

(2) 同号の但書のうち「イ 実施機関が公表を目的として作成し、又は取得した情報」とは、「公表を目的として作成し、又は取得した情報であって、当該個人も公表することについて了承している情報」、「公表することを前提として提供された情報」、「従来から慣行上公表しており、かつ、今後公表しても社会通念上個人のプライバシーを侵害するおそれがないことが確実である情報」、「個人が自主的に公表した資料等から何人も知りうる情報」のようなものをいうとし、

(三)(1) 同号の運用に関して、「本号に該当すると考えられる情報が記録されている公文書等の例」として、前記(二)(1)の〈1〉ないし〈6〉記載の各情報に対応させながら、「〈1〉世論調査等意識調査票、信者名簿、個人相談カード、〈2〉健康診断書、診療録、身体検査書、精神衛生相談記録、身体障害者手帳交付台帳、施設入所者カード、〈3〉生活保護決定調書、生活相談記録、住民票、扶養届、〈4〉履歴書、戸籍謄本、刑罰等調書、職員の履歴カード、学業成績、資格試験成績、〈5〉団体活動記録(功績調書等)、社団法人の社員名簿、モニター名簿、〈6〉預金残高証明書、口座番号、所得証明書、納税証明書、売買契約書、不動産鑑定書、固定資産評価額、給与明細書、収入額、借入金額、年金等受給者一覧」を挙げ、

(2) 同号但書イの公文書等の例として、「被表彰者名簿、審議会等委員名簿」を挙げている。

これらの解説及び運用指針は、本条例の趣旨及び本条文の文言に副っていると解される。

2  8条2号本文該当性

(一) 8条2号本文の解釈

同号の文理からすると、同号但書に該当する場合を除き、個人に関する情報は、いわゆるプライバシー情報に該当するかどうかを問わず、広く非開示とすることができるとしたものであって、これは、それ自体としてはプライバシーを侵害しない情報であっても、他の個人情報と関連させることによってプライバシーが侵害されることを排除する必要があることから、個人の識別に繋がるようないわゆる外延情報をも非開示にしうるものとし、もってプテイバシーの保護の徹底を図る趣旨の規定と解される。そうであるとすると、本号の解釈をいわゆるプライバシー情報型と等しく解することはその立法趣旨から離れるというべきであって、被控訴人らの、非開示とされるべき個人情報は特定の個人に関する情報のうち「一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるもの」と理解すべきであるとする主張は、採用できない。

また、被控訴人らは、公務の遂行は個人の私生活と無関係であるから、個人のプライバシーの侵害が問題となる余地はなく、したがって、食糧費の執行過程における懇談会での会合、宴会等の出席に係わる情報は、個人に関する情報に該当しない旨主張するが、右同様の理由によって採用できない。

したがって、本号本文の「個人に関する情報」とは個人の私的な事情への関わりの有無、程度を問わず「個人に関する一切の情報」と解するのが相当である。

(二) 本件文書への適用

8条2号該当を理由として非開示とされた部分は、いずれも「懇談等の相手方等出席者が識別されうるとされた部分」であるが、(一)での検討によると、それらが真実「相手方等出席者が識別されうる部分」であれば、いずれも「個人に関する情報」に該当することとなる。

したがって、本件(三)文書は本号本文に該当する。

3  8条2号但書中「イ 実施機関が公表を目的として作成し、又は取得した情報」該当性

(一) 8条2号但書イの意義

右文言を形式的に捉えると、実施機関が公表することを目的として作成し、又は取得した情報に限定して解釈すべきこととなる。しかし、本条例が県民等に公文書開示請求権を設定することにより、県民等の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加による公正で開かれた県政を推進することを目的とし(1条)、情報の原則公開の理念に立ちつつ、他方、個人の情報に対して最大限の配慮をするものとし(3条)、これを受けて、8条2号において、プライバシーの保護の徹底を図るため、原則として個人識別情報を非開示としたうえ、個人情報であっても但書に掲げる情報は開示するものと規定したことからすると、8条2号但書の規定は、個人情報におけるプライバシーの保護と原則公開の理念との調整を図る規定と解するのが相当であり、同号但書イの「実施機関が公表を目的として作成し、又は取得した情報」との規定も、その趣旨において解釈するのが相当である。この点、手引は、右但書イの文言に該当する情報として、「公表することを前提として提供された情報」、「従来から慣行上公表しており、かつ、今後公表しても社会通念上個人のプライバシーを侵害するおそれがないことが確実である情報」、「個人が自主的に公表した資料等から何人も知りうる情報」を例示として掲げているが、これは、個人のプライバシー保護との利益衡量を前提とした実質的、合目的的な解釈を採用したものと解されるし、「個人に関する情報」であっても、その性質上類型的に、本条例が尊重する個人のプライバシー等の権利利益を侵害する可能性がなく、また、あったとしてもその程度が低いものもあり、そのようなものをすべて非開示とするならば、かえって、本条例1条が県民参加による公正な県政の推進を目的に挙げている趣旨を没却することとなること等からもいいうると考える。そうすると、右「実施機関が公表を目的として作成し、又は取得した情報」というのを、形式的・限定的に解すべきではなく、「当該行政事務、事業の性質及び内容並びにそれに含まれている個人情報の内容等を総合して、社会通念上公表されることを予定して作成し、又は取得したと認められる情報」と解するのが相当である。

(二) 本件文書への適用

本件文書に記載されている事項は、原判決事実及び理由第四、三2記載のとおりであり、本件文書によって知ることのできる情報は、懇談会の年月日、開催場所、飲食費の金額及びその明細、支払先債権者名、請求及び支払の年月日等があり、懇談会における具体的な懇談内容、出席者の発言内容等は本件文書の開示によって明らかになるものではない。

ところで、本件処分において、8条2号に該当するとして非開示とされた部分は、前記のとおり、「懇談等の相手方等出席者が識別されうる部分が記載されている部分」であるが、食糧費の執行過程における懇談等での宴会、会食は、主催者側の出席者である監査委員及び事務局職員とその相手方である右職員以外の公務員及び(又は)民間人の出席者によって開催される場合と監査委員及び事務局職員のみが出席者として開催される場合がそれぞれ想定されるので、以下、各場合ごとに検討する。

(1) 監査委員及び事務局職員の出席者が識別されうる部分について

県民の県政に対する理解と信頼を深め、県民参加による公正で開かれた県政を推進するためには、本来、県の行政事務、事業の内容及び執行は、8条8号に定める事務、事業に支障がない限り、公表することが必要であり、したがって、その情報は、原則的に公表されることが予定されているというべきである。そして、当該事務、事業の公務執行に際して記載された情報に含まれる公務員の役職や氏名は、当該公務を遂行した者を特定し、場合によっては責任の所在を明示するために表示されているものに過ぎないから、その役職や氏名も原則として公表されることを予定しているというべきである(ちなみに、手引においても特に公務員の公務遂行情報を非開示とする明示的記載はない。なお、本件においては、その情報を公表することによって事務事業に支障をきたすことについての主張立証はない。)。また、公務員の役職氏名は右のようなものに過ぎないから、その情報は公務員の個人としての行動ないし生活に関わる意味合いを含むものではなく、類型的にその情報の開示によって、個人のプライバシー等の権利利益が害される可能性は少ないと考えられる。特に、本件で問題となっている食糧費は、行政事務、事業の執行上直接的に費消されるものであり、かつ、前記のとおり、本件文書からの情報では懇談等における具体的な内容は明らかにはならないから、出席者の個人のプライバシー等の権利利益の侵害が生じる可能性は少なく、仮にあったとしても、侵害の程度は低いものであり、監査委員及び事務局職員である出席者もそれを公表されることがあり得ることは自覚して然るべきである。したがって、それらの者の出席者が記載されている部分及び出席者が識別できる部分は、社会通念上公表を予定して作成し、又は取得した情報と認めるのが相当であり、本号但書イに該当するというべきである。

(2) 事務局職員以外の公務員が相手方出席者として識別されうる部分について

本件文書に係る懇談等は、県の費用を用いて開催された公的会合であり、この会合に対する事務局職員以外の公務員である相手方の出席はその所属する官庁ないし地方公共団体の公務としての出席という以外には考えられないから、右(1)と同様の理由があてはまる。すなわち、県の行政事務、事業の内容及び執行は原則的に公表されることが予定されており、それとの関係で事務局職員以外の公務員も県の行政事務、事業に関わりをもった以上、特別の事情がない限り、当該公務員の所属官庁、役職及び氏名は公表されることが予定されているものというべきであり、前記のとおりの食糧費の性格及び本件文書からの情報等からすると、右の特別の事情があるとはいえず、また、本件においてはその情報が公表されても出席者個人のプライバシー等の権利利益の侵害が生じる可能性も右(1)と同様のものであり、出席者としてもそれを公表されることがあり得ることは自覚しておくべきであるから、事務局職員以外の公務員が相手方出席者として記載されている部分及び出席者として識別されうる部分も、社会通念上公表を予定して作成し、又は取得した情報と認められ、本号但書イに該当するというべきである。

(3) 民間人が相手方出席者として識別されうる部分について

前記食糧費の性質、すなわち、行政事務、事業の執行上直接的に費消されるものであることからすると、相手方が私人であっても、純粋の個人としてではなく、その所属する団体等の職務として、あるいは、自己ないしその所属する団体の営む職務として、若しくは有識者等の立場で控訴人が主催する公的な懇談等の宴会、会食等に出席したものと推認できる。そうだとすると、民間人の相手方出席者の情報についても開示されるべきことは相手方が公務員であるか否かによって異なるものではない。すなわち、前記の食糧費の性格を併せ考慮すると、交際費の支出と異なり、食糧費の執行としての懇談等での宴会、会食等への出席は、県の行政事務、事業そのものへの関与にほかならないから、行政事務、事業に支障がない限り、また、それが出席者個人のプライバシー等の権利利益と密接に関連しているといった特段の事情がない限り(本件においては、右の支障及び特段の事情についての主張立証がない。)、出席を秘匿すべきことは予定されておらず、民間人である相手方出席者としても、公表されることがあり得ることを自覚しておくべきことは、事務局職員以外の公務員の場合と異なるところはないので、民間人が相手方出席者である場合も社会通念上公表されることを予定して作成し、又は取得した情報と認められ、本号但書イに該当する。

なお、控訴人は、氏名が開示されることになれば、個人攻撃、嫌がらせ等により出席者の私生活・家庭生活の平穏が脅かされるであろうと指摘し、それを裏付けるものとして乙6が提出されているが、乙6によって認定されるのは、抽象的な危惧に止まるから、右各認定を覆すに足るものではない。

したがって、本件(三)文書は本号但書イに該当するから、本号によって非開示とされるべき情報とはいえない。

4  まとめ

よって、本件処分中、本件(三)文書が8条2号に該当するとして非開示とした処分は違法である。

六 本件(三)文書が8条8号(行政運営情報)に該当するかについて」

九  原判決48頁4行目の「合理的な裁量によって」の次に「出席者ないし」を加える。

一〇  原判決50頁3行目の末尾に「この点、性質上、相手方との友好、信頼関係の維持増進自体を目的とする支出が多く含まれると推認される知事交際費に関する最高裁判所平成三年(行ツ)第一八号同六年一月二七日第一小法廷判決民集四八巻一号五三頁(大阪府交際費訴訟最高裁判決)、最高裁判所平成三年(行ツ)第六九号平成六年一月二七日第一小法廷判決裁判所時報一一一五号五頁(栃木県交際費訴訟最高裁判決)とは事案を異にする。」を加える。

一一  原判決50頁3行目の次に改行して次を加える。「また、控訴人は、監査業務を適正に行うため、監査知識、監査技術の向上を図る必要があり、その円滑な執行のために情報収集や意見交換を行う懇談等を行う必要があり、このような場合、その開催目的や実施の事実等については、関係者の間でのみ承知されていることが一般的である旨主張するが、監査知識や監査技術の向上のための懇談がその性質及び内容から原則的に非開示にしなければならないとは到底いえず、右主張は採用できない。

また、控訴人は、これらの点に関連し、交際費による宴会、会食か、食糧費による宴会、会食かを相手方に伝えておらず、各宴会、会食当時非公式・非公開であるか否かの分類もしていなかったから、右情報が公開されると、相手方に不信感、不快感を抱かせる旨主張する。しかし、非公式・非公開であるか否かは実施者の主観で定まるものではなく、前記のとおり、懇談等が目的とする事務、事業の性質、内容等によって当然定まるものであって、控訴人が主張するように、事務、事業の円滑な執行を図るという行政上の具体的必要を認め、各懇談等の相手方、場所等を選別・決定していたというのであれば、具体的に事務、事業が定まった各懇談のための宴会、会食であり、かつ、その事務、事業の性質及び内容も明らかであった筈であるから、各懇談等が非公式・非公開であるか否かが不明確ということはありえず、控訴人の右主張は、採用できない。また、控訴人の右主張には、食糧費によって、通常交際費で行う宴会、会食を実施していたことを前提として、相手方に交際費によるものか食糧費によるものかを伝えていなかったから、それを開示すると相手方に不信感、不快感を抱かせる旨の主張を含むものであるが、そのような流用がなされていたとしても、本件文書中にはその点の記載はなく、そもそも、食糧費による懇談等では、会食、宴会の目的として、交際費によるような相手方との一般的な友好、信頼関係の維持、増進の目的を予定していないから、控訴人が、その点を主張するのであれば、具体的にその宴会、会食を特定し、当該宴会、会食の主目的が右交際目的であることを主張、立証する必要があるのに、それらの主張、立証は一切ないから、控訴人の右主張は採用できない。

更に、控訴人は、行政運営上の支障に関して、本件で主張する以上に個別具体的に主張、立証するとなると、当該行政運営情報を開示するに等しい主張をしなければならず、8条8号の規定の意義を失わせるから、この点についての主張、立証責任を控訴人に負わせるべきではないとも主張するが、その点は、例えば、内密の懇談等であること、すなわち、特別の秘密裏になされる事業を目的としていることなどが窺える程度に各懇談等の目的や出席者の属性等について抽象的に主張、立証するなど、具体的な情報の内容を熟知している控訴人側の工夫で解消すべき問題であって、控訴人の右主張も採用できない。」

第四  結論

以上のとおり、本件処分のうち、控訴人が本件(一)、(三)文書を非開示とした各処分は、いずれも違法であって取り消されるべきである。

したがって、原判決は相当であるから、本件控訴をいずれも棄却する。

(裁判長裁判官 海保寛 裁判官 多見谷寿郎 水野有子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例